東京地方裁判所 昭和36年(行)35号 判決 1966年9月20日
原告 大久保忠文
被告 国
訴訟代理人 青木康 外三名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、原告が大正七年九月から会計検査院に勤務して昭和二二年九月二五日退職し、翌二六日衆議院の専門調査員に任命されたこと、当時会計検査院が原告に対し退職手当を支給したこと、原告が昭和三〇年一〇月三一日衆議院を退職し、その際衆議院が原告に対しその在職期間を八年として退職手当を支給したことは、当事者間に争いがない。
二、原告は衆議院退職時における退職手当の算定基準となる在職期間には会計検査院の在職期間をも通算すべきものとし、その理由として、会計検査院の退職手当支給処分は支給準則に違反し無効であると主張するので、まず、右退職手当の支給が適法なものであるかどうかについて判断する。
(一) 支給準則は、昭和二一年七月一日官庁職員給与制度改正に伴い同日以降退職または死亡した官庁職員に対する退職手当に関する昭和二二年三月二九日閣議決定「退官・退職手当支給要綱」に基づき、法条の体裁により官吏等が退職した場合に支給する退職手当の基準を定めたものであり、その形式は大蔵省給与局長通牒(いわゆる行政命令)によつているが、その内容からすれば旧憲法下のいわゆる法規命令と実質を異にするものではなく、しかも、新憲法施行後において右通牒の内容は当然法律事項に該当するものであるところからすると(憲法第七三条第四号参照)、昭和二二年法律第七二号「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」第一条にいう「命令」には支給準則も含み、したがつて右準則は、昭和二二年一二月三一日まで法律と同一の効力を有していたものと解される(なお、その後も同年法律第一二一号によつて当分の間法律と同一の効力を有するものとされている。)。
(二) 被告は、原告の会計検査退院職-衆議院就職の場合は右支給準則第一条第二項の規定に該当しないと主張し、その根拠として国会職員法第七条、第八条、昭和二二年八月一二日両院議長協議決定による規程等を援用するが、(1) 旧憲法下において「官吏」とは国会職員をも含み、支給準則は右の意味の「官吏」の退職手当について統一基準を定めたものであること、(2) 新憲法下においても退職手当に関する在職期間の通算につき政府機関における転職の場合と他の国家機関への転職の場合とを別異に取扱う合理的根拠はなく、国会職員法や上記両院議長協議決定による規程からも、新憲法施行後退職手当に関する法令が整備するまで後者の場合についても暫定的に支給準則に準拠することを排除する趣旨は窺われないこと、(3)国会職員法第七条は政府職員が国会職員に転職する場合について、国会職員から専門調査員等を除外した趣旨とは解されず、その他被告援用の諸法規によつても、退職手当に関し政府職員の在職期間を通算することについて、専門調査員を異別に取り扱うものとは解されないこと等に徴し、原告の会計検査院退職の場合については、上記支給準則第一条二項本文の適用があるものと解すべきである(その理由の詳細は、当庁昭和三七年(行)一〇二号事件昭和四〇年六月三〇日判決中理由四23《行政事件裁判例集一六巻七号一二六二頁以下》において判示するところと同旨である。)。
(三) そうだとすれば、会計検査院の退職手当支給は、法令の根拠を欠く違法な措置といわざるを得ない。
三、 右のとおり原告に対する会計検査院の退職手当支給が違法な措置である以上、右退職手当が暫定措置法施行令附則第八項にいう「法(暫定措置法)の規定による退職手当に相当する給与」に該当するものと解することはできないから、原告の衆議院退職時の退職手当に関し右附則の適用があるとする被告の主張は採用できない。
右附則八項の適用がないものとして、別紙(一)の根拠法規に従い、原告が衆議院退職時に支払を受くべき退職手当の額を計算すれば、三、一一〇、四〇〇円となり、被告について、右退職時原告が支給を受けたことにつき争のない退職手当六一四、四〇二円との差額二、四九五、九八八円及びこれに対する後述履行期以後年五分(この点については民法の規定の類推適用があるものと解する。)の遅延損害金を原告に支払う義務を生じたものといわなければならない。
四、ところで、退職手当支給の履行期については、法令に直接の規定がないけれども、右給与の性質上退職に際し支給されるべきものと解するのが相当であるから、特別の事情がない限りその履行期は退職の日に到来するものというべく、原告は同日から前記退職金差額を請求する権利を行使できたものと解すべきところ、退職手当債権は会計法第三〇条にいわゆる国に対する権利で金銭の給付を目的とするものであるから、右権利は同条および同法第三一条により五年間これを行わないときは援用をまつまでもなく時効により絶対的に消滅すべきものとされている。したがつて、時効の中断事由につき原告から主張立証のない本件においては、原告の前記請求権は、退職の日から五年に当る昭和三五年一〇月三一日の経過とともに時効によつて消滅したものといわざるを得ない。
五、よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 橘喬 高山晨 田中康久)
別紙(一)~(三)<省略>